2024年度の介護報酬改定で、訪問介護の基本報酬引き下げが正式に発表され、業界全体で大きな議論を呼んでいます。訪問介護の現場に携わる多くの方々からは、この決定に疑問や不満の声が上がっており、訪問介護事業の未来や、従事者の負担の増加に懸念が高まっています。この記事では、報酬引き下げの背景、現場の声、そしてこれからの課題について考えていきます。
訪問介護報酬引き下げの背景と現状
報酬引き下げの背景にあるもの
今回の報酬引き下げについて、厚生労働省は「基本報酬以外の処遇改善加算などを含めた総合的な支援策がある」としており、基本報酬自体は低減されるものの、加算措置によって現場への影響を軽減する狙いがあると説明しています。しかし、訪問介護の基本報酬が減額されることで、事業所の経営が圧迫され、結果として訪問介護を必要とする多くの高齢者が支援を受けられなくなるのではないか、という懸念が広がっています。
現場で聞かれる苦言と不安の声
日本介護福祉士会の会長である及川ゆりこ氏も「日々の業務に見合った適正な評価がされていない」と苦言を呈しており、この引き下げは訪問介護職員の士気を低下させる恐れがあると指摘しています。また、訪問介護職員の多くが「自分たちの働きが軽んじられている」と感じており、日々の業務で重要な役割を果たしている職員の意欲を削ぐような決定だという声も少なくありません。
訪問介護の現場に広がる課題
訪問介護の利益構造と現実
訪問介護は国の統計上「高い利益率」とされがちですが、実際には多くの事業所がギリギリの経営を強いられています。訪問介護事業所は少人数で設立できるため新規参入も多い一方で、経営スキルを持たない経営者が多く、収益を安定して確保できていないのが現状です。そのため、利益率の高さが報酬引き下げの理由にはならないという指摘がされています。
また、サービス付き高齢者向け住宅内で提供される訪問介護と、一般的な在宅訪問介護とでは経営構造も異なり、前者は移動の手間やコストが少なく高利益率ですが、後者は移動コストなどの負担が大きく、経営の安定が難しいという課題があります。この両者を一括りにして「利益率が高い」と判断されるのは問題であり、現場の実態を反映していないとの声も多く聞かれます。
訪問介護職員の高齢化と人材不足
訪問介護の現場では職員の高齢化が進んでおり、現在働く職員の平均年齢も上昇しています。これに加え、若年層の人材確保が難しいという問題もあり、業界全体で人材不足が顕著です。人手が足りない中で報酬が引き下げられれば、さらに介護職員の確保が困難になる可能性が高く、訪問介護サービス全体が維持できなくなる危険性も指摘されています。
訪問介護事業所が抱える経営上のリスク
経営スキル不足による倒産リスク
訪問介護事業所の多くは、介護経験の豊富な元ケアスタッフが設立したものです。現場のことは熟知していても、経営のノウハウを持たないまま運営を開始するケースが多く、長期的に安定した経営を続けるのは難しいのが現状です。また、介護業界特有の規制により、経営の自由度が限られているため、飲食業のようにメニューや価格の調整ができず、利益確保が難しいのが現実です。こうした経営面での難しさも、今回の報酬引き下げによってさらに浮き彫りになっています。
経営力を持つ大手の安定と中小事業者の苦境
資本力が豊富な大手事業所であれば、他の介護サービス(デイサービスやショートステイなど)からの収益で赤字を補填することが可能ですが、中小規模の訪問介護事業所にはその余裕がありません。特に、訪問介護は利益率が低いため、基本報酬の引き下げは経営に大きな打撃を与え、中小の事業所では倒産リスクが高まると予測されています。
報酬引き下げを受けた訪問介護業界の今後
SNS活用による人材確保の可能性
最近では、SNSを積極的に活用することで人材確保に成功している介護事業所もあります。SNSは、若い世代へのリーチが広く、訪問介護の仕事や魅力を発信する場として効果的です。SNSを上手に運用し、日々の業務内容や職員の働きがいを伝えることで、求人広告に頼ることなく人材を確保できる可能性があります。しかし、SNS運用には時間と人手がかかり、事業所全体での協力が不可欠であるため、安定的に運用できるかが課題です。
中小事業所の生き残りをかけた戦略
中小の訪問介護事業所が今後生き残るためには、まずは経営スキルの向上が必須となります。利益確保に向けたコスト管理や、人材育成に対する工夫が必要です。また、業界団体などを通じて他の事業所との情報共有や連携を強化し、経営面でのサポートを受けることも有効です。地域に密着したサービスを提供することで利用者や地域からの支持を得ることも、厳しい経営環境を乗り越えるための一つの手段となるでしょう。
訪問介護業界の持続可能な成長に向けて
訪問介護は、今後さらに高齢化が進む中で、地域で生活する高齢者にとって欠かせない存在です。報酬の引き下げが訪問介護の提供に与える影響は少なくなく、現場で働く職員や事業所の支援体制を充実させるためにも、業界全体でのサポートが重要です。次回の介護報酬改定では、訪問介護の現場の実態を踏まえた政策が求められるでしょう。